- ホーム
- 警告ラベル安全規格講座
- 第16回 EU新製造物責任指令で見直される残留リスク管理
警告ラベル安全規格講座
第16回 EU新製造物責任指令で見直される残留リスク管理
これまでの安全規格講座では、製造物責任法、リスクアセスメント、リスク低減方策、警告ラベルのデザイン、取扱説明書との関係などを全15回にわたって説明しました。 今回からは、その後に改正された法令や規格を取り上げ、警告ラベルに関わる新しい動きを紹介します。
製造装置メーカーが知っておくべき警告ラベルとの関係
EUでは、1985年に制定された製造物責任指令(85/374/EEC)が約40年ぶりに全面改正され、2024年11月に新たな製造物責任指令(Directive (EU) 2024/2853。以下「新PL指令」)が公布されました。EU加盟国は、2026年12月9日までに新PL指令をそれぞれの国の法律に取り入れる必要があります(国内法化)。これにより、新PL指令は2026年12月9日より後にEU市場へ投入される製品、または使用を開始される製品に適用されます。
新PL指令では、「製品」に、有形のハードウエアだけでなく、無形のソフトウエアも含まれます。製品に欠陥があるかどうかを評価する際には、AIシステム、ソフトウエアのアップデート、製品のサイバーセキュリティーなども考慮されます。そのため、ネットワークに接続して使用する製品では、出荷時点の安全性評価だけでは十分とは言えません。出荷後に提供されるソフトウエア更新や、遠隔監視機能などが安全性に影響する場合は、欠陥の有無を評価する際に考慮されます。安全性の維持に必要なソフトウエア更新を提供しなかったことが、製品の欠陥と見なされる可能性があります。
新PL指令によって、警告ラベルの色や形が直接変更されるわけではありません。メーカーが見直すべきものは、警告ラベルの根拠となるリスクアセスメント、残留リスクの判断、出荷後の変更に対する再評価などの管理方法です。第16回では、新PL指令の主な改正点と、残留リスク管理および警告ラベルとの関係について説明します。
約40年ぶりに改正されたEUの製造物責任制度
製造物責任制度では、製品によって損害を受けた人は、メーカーの過失を立証する必要がありません。製品に欠陥があり、その欠陥によって損害が生じたことを立証すれば、メーカーに損害賠償を請求できます。旧指令である85/374/EECは1985年に制定され、EU加盟国の製造物責任に関する法律の基礎となってきました。
しかし、旧指令が制定された当時は、製品がネットワークを介して他の機器やクラウドサービスと接続し、出荷後のソフトウエアの更新によって機能が変わる状況は想定されていませんでした。AIシステムを搭載した製品の中には、使用開始後もデータから学習し、認識結果や動作を変化させるものがあります。こうした変化により、形のある製品を中心とした従来の枠組みでは、ソフトウエアやデジタルサービス、出荷後の機能変化を原因とする事故に対して、十分な対応ができなくなっていました。
そこで新PL指令は、製品、欠陥、損害、責任を負う事業者などの範囲を見直しました。
旧PL指令から何が変わったのか
メーカーに関係する主な変更点は、次のとおりです。
| 項目 | 旧PL指令(85/374/EEC) | 新PL指令(Directive (EU) 2024/2853) |
|---|---|---|
| 製品の範囲 | 形のある製品を中心に想定 | ソフトウエアやAIシステムなどの形のない製品も含む |
| 欠陥の評価 | 市場投入時の状態を中心に評価 | サイバーセキュリティー、出荷後のソフトウエアの更新、アップグレード、遠隔監視機能、AIの学習による変化なども考慮 |
| 製品の実質的な変更 | 変更後の責任に関する規定が限定的 | 改造などにより、出荷後に製品を実質的に変更した事業者が、メーカーと同じ責任を負う場合がある |
| 立証責任の緩和と証拠開示 | 原告が欠陥、損害、因果関係を立証(複雑な製品では欠陥や因果関係の立証が難しい) |
|
損害が発生した場合、賠償を求める人(原告)が欠陥と損害との因果関係を立証するという原則は、新PL指令でも変わりません。ただし、新PL指令には、原告の立証負担を軽減する仕組みがあります。原告が製品の欠陥を立証できない場合でも、次のいずれかに該当すれば、裁判所は製品に欠陥があるものとして扱うことができます。
- 裁判所が開示を命じた証拠を、メーカーが開示しない
- 法令で義務付けられた安全要求に製品が適合していない
- 製品の明らかな誤作動によって損害が生じた
- 技術的・科学的な複雑さにより立証が過度に困難だが、欠陥の可能性が示された
これを「欠陥の推定」といいます。
AIやソフトウエアのように技術的に複雑な製品では、原告側が欠陥や因果関係を詳しく調べることが困難です。原告は、損害賠償請求に根拠があることを示すことで、裁判所を通じてメーカーに関連する証拠の開示を求めることができます。損害賠償を求められたメーカー(被告)は、これらの推定に反証できます。そのため、メーカーは証拠の開示を求められた場合に備えて、設計や安全性評価の経緯を説明できる資料を保管する必要があります。
製造装置メーカーに関係する改正点
製造装置も、新PL指令の「製品」に該当します。 メーカーが特に確認すべきものは、製品の安全性に関係するデジタル要素です。
製品の欠陥についての基本的な定義は、新旧PL指令でも大きく変わりません。
新PL指令 第7条第1項(当サイト訳)
製品に、一般の人が当然に期待できる安全性、またはEU法もしくは加盟国法が要求する安全性を備えていない場合、その製品は欠陥製品と見なされる。
新PL指令 第7条第1項(英語原文)
1. A product shall be considered defective where it does not provide the safety that a person is entitled to expect or that is required under Union or national law.
つまり、一般に期待される安全性や法令で求められる安全性を備えていない製品が、欠陥製品となります。
一方、新PL指令では、欠陥の有無を評価する対象が拡大しました。
新PL指令 第7条第2項(当サイト訳、一部抜粋)
製品の表示(ラベル、設計、技術的特徴、構成、包装、組み立て、設置、使用および保守に関する指示を含む)、合理的に予見可能な使用、製品が市場へ投入された後も学習または新しい特性を獲得する能力、関連する製品安全要求(安全性に関係するサイバーセキュリティー要求を含む)など、全ての事情を考慮しなければならない。
新PL指令 第7条第2項(英語原文、全文)
2. In assessing the defectiveness of a product, all circumstances shall be taken into account, including:
(a) the presentation and the characteristics of the product, including its labelling, design, technical features, composition and packaging and the instructions for its assembly, installation, use and maintenance;
(b) reasonably foreseeable use of the product;
(c) the effect on the product of any ability to continue to learn or acquire new features after it is placed on the market or put into service;
(d) the reasonably foreseeable effect on the product of other products that can be expected to be used together with the product, including by means of inter-connection;
(e) the moment in time when the product was placed on the market or put into service or, where the manufacturer retains control over the product after that moment, the moment in time when the product left the control of the manufacturer;
(f) relevant product safety requirements, including safety-relevant cybersecurity requirements;
(g) any recall of the product or any other relevant intervention relating to product safety by a competent authority or by an economic operator as referred to in Article 8;
(h) the specific needs of the group of users for whose use the product is intended;
(i) in the case of a product whose very purpose is to prevent damage, any failure of the product to fulfil that purpose.
※ 英語原文は第7条第2項の全文を掲載し、当サイト訳で省略した箇所に取り消し線を引いています。
この規定では、警告ラベルと取扱説明書だけでなく、出荷後に変化するソフトウエアや安全性に関係するサイバーセキュリティーも、欠陥の有無を評価する材料となります。
出荷後のソフトウエアの更新と製品の改造
製品の出荷後にソフトウエアが更新され、その更新によって製品に欠陥が生じた場合、メーカーが責任を問われることがあります。これは、メーカー自身が更新を提供した場合だけでなく、第三者による更新(OSやドライバーの更新、アップグレードなど)をメーカーが承認した場合も同じです。新PL指令は、メーカーにソフトウエアの更新を一律に義務付けるものではありません。メーカーは、更新しなくても安全性を維持できるように製品を設計するか、安全性の維持に必要な更新を提供する必要があります。必要な更新を提供しなかったことで製品が安全性を欠いた場合は、製品の欠陥につながる可能性があります。メーカーが安全性を維持するための更新を提供しても、ユーザーがその更新をインストールしなかった場合、その結果までメーカーの責任になるとは限りません。メーカーは、安全性の維持に必要な更新をユーザーに明示する必要があります。
なお、出荷後にメーカー以外の事業者が製品を大きく改造した場合、その事業者が改造後の製品についてメーカーと同じ責任を負うことがあります。例えば、別の事業者がロボットアームを追加し、装置の安全性に影響する大掛かりな改造を行った場合です。責任の対象になるかは、EUまたは加盟国の製品安全法令で定める基準に従って判断されます。
リモート保守と関連サービス
製品の安全性は、本体のソフトウエアだけで決まるとは限りません。遠隔監視やリモート保守などのデジタルサービスが、製品に組み込まれたり、製品と接続されたりする場合があります。このようなデジタルサービスが製品の機能を支えている場合、その不具合が製品の安全性に影響することがあります。
例えば、リモート保守で設定を変更すると、安全機能が作動する条件も変わることがあります。設定を変更した後は、これまでの安全対策が引き続き有効かを確認する必要があります。変更履歴を残していなければ、事故の原因を特定することが難しくなります。
AI機能
AIシステムもソフトウエアとして新PL指令の対象となります。製品が市場へ投入された後、AIが学習して認識結果や動作を変化させることで、製品の欠陥につながる恐れがあります。
例えば、画像認識で人の接近を検知し、安全機能を作動させる製品の場合、画像認識の精度は周囲の明るさなどの使用環境や、AIが使用データから学習することによって変わることがあります。そのため、出荷時の認識精度を記録するだけでは不十分です。メーカーは、人を検知できない条件を明らかにし、AIが学習した後も安全性が維持されていることを確認する方法を定めておく必要があります。
ネットワーク接続とサイバーセキュリティー
新PL指令では、安全性に関係するサイバーセキュリティー要求を満たしているかも、欠陥の有無を評価する際に考慮されます。サイバーセキュリティー上の脆弱性が、損害を伴う事故につながる場合もあります。
例えば、第三者がネットワーク経由で装置の安全に関わる設定を変えると、人身事故につながる恐れがあります。不要なネットワーク接続経路をふさぐなどの対策が必要です。
出荷後の変更と残留リスク
本講座の第2回から第4回では、製品に潜むリスク(残留リスク)、残留リスク情報を抽出するために実施するリスクアセスメント、3ステップメソッドを使用したリスク低減方策について説明しました。3ステップメソッドでは、ステップ1の本質的安全設計方策から順次検討します。ステップ1とステップ2で十分にリスクが低減されたことを前提に、どうしても残る残留リスクは、ステップ3の使用上の情報によってユーザーに提供します。
この考え方は、新PL指令によって変更されるものではありません。警告ラベルや取扱説明書は、残留リスクを伝える手段ですが、ステップ1とステップ2の代替策ではありません。
一方で、出荷後のソフトウエアの更新や機能追加によって、最初のリスクアセスメントで定義した前提条件が変わることがあります。出荷時から残留リスクが変化する場合は、取扱説明書や警告内容を見直す必要があります。
そこで、ソフトウエアを更新する場合に、更新後のリスクを再評価する必要があります。再評価の結果、既存の安全方策では十分にリスクを低減できない場合、まず本質的安全設計方策や保護方策を検討します。その上で警告メッセージに変更がある場合に、警告ラベル、取扱説明書、残留リスクマップおよび残留リスク一覧を改訂します。
警告ラベルの根拠と変更管理
警告ラベルの内容と貼り付け位置は、リスクアセスメントで特定した残留リスクに従って、取扱説明書、残留リスクマップ、残留リスク一覧の記載と一致させます。
ソフトウエアの更新、機能追加、リモート保守による設定変更などにより残留リスクが変わった場合は、警告ラベルや取扱説明書を改訂し、対象となるユーザーへ提供します。その根拠を確認できるよう、リスクアセスメントの結果と改訂履歴を保存し、製品構成とソフトウエアのバージョンごとに、適用した警告ラベルと取扱説明書を記録します。
これらの記録は、警告ラベルが存在することを示すだけの資料ではありません。特定した危険源に対してどのリスク低減方策を実施し、なぜ警告が必要と判断され、製品の変更後もその判断が妥当であるかを説明するための資料です。
裁判所は、一定の条件の下で、メーカーに証拠の開示を命じることができます。開示の範囲は必要かつ相当なものに限られますが、必要な記録はあらかじめ準備しておくべきです。製品の設計変更を、取扱説明書や警告ラベルの変更履歴と結び付けておく必要があります。
新PL指令で警告ラベルはどう変わるのか
新PL指令は、警告ラベルのデザイン規格を改正するものではありません。リスク低減の3ステップメソッド、本質的安全設計方策を優先する考え方、ISO 12100に基づくリスクアセスメントは、引き続き警告ラベルを検討する前提となります。ISO 3864やISO 7010など、対象市場と製品に適用する規格に基づいてラベルを設計する点も同じです。
なお、警告ラベルや取扱説明書などは、新PL指令における欠陥評価の対象となります。見直すべきものは警告ラベルの色やレイアウトではなく、警告ラベルを必要とした残留リスクの管理です。メーカーには、出荷後も製品の安全性に影響する変更を把握し、必要に応じてリスクアセスメントと安全情報を改訂できる仕組みが求められます。
次回は、2027年1月20日から適用されるEU機械規則(Regulation (EU) 2023/1230)を取り上げ、リスクアセスメント、使用上の情報、警告表示、デジタル形式の取扱説明書などの要求事項について説明します。
(参考文献)
-
EUR-Lex「欠陥製品に対する責任および理事会指令85/374/EECの廃止に関する2024年10月23日の欧州議会および理事会指令(EU)2024/2853」
https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2024/2853/oj -
EUR-Lex「欠陥製品に対する責任」
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/LSU/?uri=CELEX:32024L2853 -
EUR-Lex「欠陥製品に対する責任に関する1985年7月25日の理事会指令85/374/EEC」
https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/1985/374/oj
警告ラベル安全規格講座
-
第1回 製造物責任法(PL法)と警告ラベル -
第2回 製品に潜むリスクと警告ラベルの関係性(Part 1:残留リスク) -
第3回 製品に潜むリスクと警告ラベルの関係性(Part 2:リスクアセスメント) -
第4回 製品に潜むリスクと警告ラベルの関係性(Part 3:リスク低減方策) -
第5回 正しく伝わる警告ラベルのデザイン(Part 1:ラベルの構成要素) -
第6回 正しく伝わる警告ラベルのデザイン(Part 2:シンボルマーク) -
第7回 正しく伝わる警告ラベルのデザイン(Part 3:シグナルワード) -
第8回 正しく伝わる警告ラベルのデザイン(Part 4:文字メッセージ) -
第9回 正しく伝わる警告ラベルのデザイン(Part 5:フォーマット) -
第10回 警告ラベルの規格 (Part 1:各地の規格) -
第11回 警告ラベルの規格 (Part 2:JIS規格) -
第12回 警告ラベルの規格 (Part 3:SEMI規格) -
第13回 その他の安全ラベル(Part 1:EMO・電気設計・放射線) -
第14回 その他の安全ラベル(Part 2:レーザラベル) -
第15回 警告ラベルと取扱説明書の関係性